葬儀に9,600万円

2020年9月29日

 いきなりですが、今ニュースで話題の中曽根元首相の葬儀費用9,600万円について、私は非常に違和感を感じています。ニュースで世間の意見を聞くと、「高すぎるのでは?」とか「過去の支出と比較すれば妥当だ」とか、金額面での妥当性についての意見がほとんどを占めているようです。しかし私が真っ先に感じた違和感は金額妥当性ではまったくなく、「税金」で葬儀費用を賄うこと自体への違和感です。弊社で葬儀をされるお客様の中には、十分なお金がないために大事な家族をお寺様に読経をお願いすることもなく火葬だけで送られる方も多くいらっしゃいます。その方々にしてみれば自分の大事な家族にも十分なことをしてあげられないのに、他人様のりっぱな葬儀のために税金を払うのは納得がいかないのではないかと強く感じるのです。

 一国の首相経験者ともなれば外国との関係で外交儀礼的な必要性もあるのかもしれません。国として外交儀礼が必要であるのであれば、その部分だけは国の責任において行い費用も負担するのはありかもしれませんが、それならば対象役職者と負担割合等を明確に定めるべきだと思います。一番わかりやすいのは、通常の葬儀は喪家負担で行い、外交儀礼(葬儀外交)のためのお別れの会は国の負担でやればいいのではないでしょうか。

 国は明確なルールはないと言っていますが、対象者も負担割合も明確でなければ時の首相や権力者の判断で恣意的に税金が使われることになりかねません。そんな使い方をするのであれば一般国民にも年金加入者対象の火葬費用だけでなく全国民に一定額を葬儀費用として支給するべきではないでしょうか。首相経験者が晩婚だった場合、結婚式の費用を税金で賄うのでしょうか?そんなことは国民が納得しないと思います。では葬儀はなぜいいのでしょうか?今の状況では合理的な説明なんてできないでしょう。やはり明確な判断基準が必要なんだと思います。

 葬儀会社の人間が、本業である葬儀を仰々しくするなと言っているようで変に聞こえるかもしれませんが、私たち(セレモニー椿)は喪家様が望まれない限りは高価なご葬儀はお勧めしない、なぜならそんなことをしても故人は喜ばない、心で「心ゆくまで」送ることが故人もご遺族も最も心が豊かな感情になれるという考え方をベースにしているのでこういう考え方になるのだと思います。

 かの白洲次郎は「葬式無用 戒名不用」と遺書に残したことは有名ですが、「めざしの土光」こと土光敏夫さんは「灰になり土の中に消えた人間を、寄ってたかって祭(葬式)の主人公に仕立てる必要はない。そんなことをする暇があれば、亡き者に代わって志の一分でも継ぐ仕事をしてもらいたい……」と言われたそうです。実際には世間がゆるさず大きな葬儀となったようですが・・・。


 私は個人的にですが、直観的感情的に非常に強く違和感の残る話題でした。

池水健