いろいろな葬儀のかたちがあるんですね。

2017年12月12日

ご自宅で家族のみで、ゆっくりとお別れをされたそうです。

ちょっと前ですが、非常に考えさせられる内容の雑誌記事がありました。
ある雑誌記者の方のお父様が亡くなられた際に、ご自宅で家族のみでのお別れをされたそうです。弊社で言えば、火葬式(直葬)ですね。
※参考までに下記にリンクを貼っておきます。
「墓なし、仏壇なし」の弔いで1年を過ごし、母に起こった心境の変化

私はこれがいいとか、悪いとかを言うつもりはないのですが、こういう考え方もあるんだなぁと考えさせられました。
とくに、
「葬儀というお別れの場がなかったことについて、文句を言った親戚、知人、父の友人などは、一人もいなかった。後日、母を訪ねて来て父の思い出話などをしてくださった方は、ありがたいことに複数いらっしゃったが、彼らは死者を悼み、遺族を慰めたいだけで、葬式や、ましてお坊さんが来ないことを寂しく思うわけではさらさらなかった。」との言葉。

葬儀屋なのに、葬儀をしない考え方を紹介するのも変なのかもしれませんが、この言葉からは葬儀を行わなくても周囲の人達はさびしい思いをするわけではないということなのだと思いますが、私が考えさせられたのは、参列する側の気持ちの奥底についてでした。葬儀式に何か期待しているわけではないのに、当日の葬儀式に参列したい訳は?ということでした。

私も知人が亡くなった際にお通夜やご葬儀に参列することはあります。その理由を考えてみると、もちろんお世話になった故人に最期のお別れをしたい・・・。あるいは少しでもご遺族の心の癒しができるのであれば・・・。などあるのですが、考えてみるとそれはこの記者さんのケースのように、後日ご遺族がゆっくりとお別れされてからでもいいような気がしたのです。それでも参列する理由は、どこか自分に対する言い訳、ストレートに言えば「自分は最後のお別れにも行かないような薄情な人間でありたくない!」というようなありたい人間像を理由にした気持ちが当日の参列を後押ししている部分もあるのかもしれないなぁな・・・なんて。でもそんな考えにとらわれる必要はない環境になっていったら「家族葬」や「火葬式(直葬)」がもっと増えていくのかもしれないですね。
そうなると葬儀の概念(在り方)自体がさらに変わっていくのでしょう。
勉強になりました。