生きる意味

2018年8月16日

尾畠春夫さんの生き方によって考えさせられる「生きる意味」とは

昨日、山口県で行方不明になっていた2歳の男児が無事発見されましたね。
本当によかったと日本中の多くの方が喜ばれたのではないでしょうか。
2人の子を持つ自分も親の身になって考えますので心底うれしかったです。

しかし自分は心底心配しながらも私の日常は何も変わらず仕事をしてご飯を食べて寝ていました。
一方、男児発見者のボランティアの尾畠春夫さんは、男児のために大分から駆けつけて捜索に加わっていたそうです。
男児のご家族にお風呂や食事を勧められても断る尾畠さんの姿が映しだされていましたが、報道で尾畠さんの経歴がいろいろと報じられるごとに、すばらしい人間性を垣間見、深く感銘を受けました。詳細はここでは割愛しますが、学歴も何もなくても生きて来られたことへの感謝として、お仕事引退後をすべてボランティアとして活動し続けていらっしゃるとのこと。活動費はすべてご自分の年金だそう。まさに利他の精神を生き方でで表現されている。聞けば聞くほど頭が下がるとともに、生きる意味、生き方の価値について深く考えさせられ反省させられます。

尾畠さんの生き方は、ある種悟りを開かれその悟りの実現に邁進し続けていらっしゃるということなのかもしれません。
この混沌とした世の中、何が正しく何が正解かもわからず、ただ世の中のしくみの中で呼吸しているだけのような生き方の自分には、尊敬の念を禁じ得ません。一方、このような方がいらっしゃることに今の社会に対して妙な安心感を得たような気もしています。
多くの人が人間関係に悩み、金銭欲に悩み、競争に悩み、煩悩に囚われ生き方に悩み続けている世間に、一服の清涼剤を投げかけてくださったのではないでしょうか。私と同じように自分の生き方や考え方を反省させられている人も多いのではないでしょうか。尾畠さんは意図してそんな生き方をされているわけではないのでしょうが、もしかしたら昨今の悩んでいる人達の生き方、生きる意味を考え直すきっかけに、いや生き方の指針にさえなるのかもしれません。

私達のような稼業では、人の死に接する機会が多いわけですが、昨今は宗教儀式なしで火葬だけというケースも多くなってきています。これは宗教に対する期待、救い、希望などが失われていることの証なのかもしれないと感じています。私自身も無宗教ですので己自信の気持ちを考えるとそんな気がします。
本当は宗教が、葬儀の際やその後の供養の時だけではなく、生きている時に悩める人達に「教え」を授け救われる人が多くなれば、それぞれの生きる意味を問い直し、世直しに繋がっていくのかもしれませんね。最近、無宗教でありながら、宗教のない世界はどうなってしまうのだろうと、葬儀業界の状況を見ながら、世のありかたを少し憂えている自分がいます。
自分は宗教的教えは理解していませんので、尾畠さんの生き方を見習い少しでも人間性を磨き、自分にとって意味のある人生にしなければいけないと猛省した次第です。