戦後73年が経ちました。

2018年8月23日

8月15日

73回目の終戦記念日が過ぎました。ここ数年感じているのですが、テレビで戦争の悲惨さを伝える番組が少なくなったような気がしています。以前は8月の声を聴く頃になると、NHKだけでなく民放でもドキュメンタリー、ドラマ、ニュース、アニメまで戦争を伝える番組が次から次へと流れていたような気がします。

TV番組だけではありません。戦争を体験された方がどんどん減っておられます。
最近、戦争を体験された有名人がお亡くなりになったというニュースを耳にするたびに、「平和の大事さ、ありがたさ」を心の底からの想いで伝えられなくなっていく世の中がどうなっていくのだろうと心配になったりしています。

日本だけではありません。世界の指導層が保護主義、極右主義に走り、力による覇権争いにしのぎを削っているニュースばかりです。かくいう私も戦後生まれではありますが、そんな私でも戦前の帝国主義、覇権主義の再現のような危機感を感じています。

そんなとき平和を守り続けるために何ができるのだろうと考えると、やはり先の大戦で亡くなられた方々を偲び、戦争を経験された方々が頭での理解ではなく体の芯から、本能から平和を希求されている心を慮ることこそが、今の平和の大事さ、平和を維持することの大変さを理解する道なのだと思います。

平和は自然に得られるものではないということ、平和な世の中を得るには、ものすごく大変な苦労(犠牲)が伴って今の平和があるのだといういう事実/感覚を後世に受け継いでいくためには、やはり普遍的な「しくみ」が必要なのでしょう。先人の苦労を偲び供養する、冥福を祈るための「しくみ」が。そしてその「しくみ」をわかりやすく理解しやすくするには、お墓や慰霊碑という「物」が必要になってくるのでしょう。そういう「物」を対象にした「しくみ」を継続することが慣習になり、後世に伝わっていくのだと思います。あとは同時に心を込めつづけていくことが大事ではありますが。

以前、無宗教者の私は、今の葬儀に関する儀式に対しある種懐疑的な考えを持っていました。しかし今ではそういう平和を守り続けていくための「しくみ」としての役割もあるのかもしれないと思っています。