海洋散骨

2018年10月8日

以前からこのブログで私は海洋散骨希望だということを何回か書いていますが、昨日の東洋経済onlineに、まさに「海洋散骨が静かに広がる事情」という記事がでていました。

記事によると、価値観の多様化により葬送の形が変化してきている結果、次第に件数が増えているそう。
日本海洋散骨協会(という協会まで出来ているんですね)の関係者によると、正式な統計データはないもののおそらく年間1万件ほど施行されているのでは?とのこと。

価値観の多様化と言ってしまえばひとくくりですが、「自然に還りたい」という希望の方、やはり墓守りを継承していけないという方等々、その理由は様々のようです。
私が希望している理由は、まさに墓守りの問題です。将来どこに住むかもわからない娘たちに墓守りをさせるわけにはいきませんから。先祖代々住んでいる土地で誰かが家を守っていく伝統のある地域であれば別ですが、高度成長期に開発された団地育ちの私達の場合、所詮お墓に定期的に参るのは、続いたところで孫世代まででしょう。そのあとは誰の墓かもわからなくなり、無縁仏になる可能性もあります。そんなことを考えるとやはり海にまいてもらって自由に泳がして(私、水泳も好きなもんで・・・(笑))もらって、娘たちももし思い出すことがあれば近くの海で思い出してくれればいいと思っています。
なんて、ここまでは海洋散骨を選択する超現実的な理由の背景を述べてみましたが、ちょっと視点を変えて宗教的な視点で考えてみると、ちょっと違った文化(慣習?)的理由が見えるような気がします。・・・しかし今回はこのあたりまでとして、その違った視点から見える理由については次回ブログで。