新しい時代へ

2019年4月30日

 いよいよ「平成」の時代が終わろうとしています。そして「令和」の時代へ。
31年、思えば長いようで早かったように思いますが、あらためて思い返すと信じられない災害・事故の記憶がよみがえります。私の記憶に強烈に残っているのは、平成7年の阪神淡路大震災。テレビで高速道路の橋脚が倒れている様、バスが転落しそうになっている様子を見て、とても現実の事とは思えませんでした。そしてオウム真理教の地下鉄サリン事件、当時私は大きな被害があった築地駅そばの勝どきにある会社に勤めており通勤時に大騒ぎになっている現場を目にしました。その時はあんな悲惨な事件だとは思いもしなかったのですが、運が悪ければ私も被害に遭っていたかもしれず(実際同僚が被害に遭いました。幸い軽傷で済みましたが)、後になって非常な恐怖感に襲われました。そしてJR福知山線脱線事故、それに東日本大震災と原発事故。安全と言われた日本であんな大事故や大災害が発生し、あんなに大勢の犠牲者が出るなんてとても信じられませんでした。ただただ犠牲になられた方々のご冥福を祈るしかありません。

 「昭和」が終わり「平成」の時代が始まるときには、多くの私達の祖父母や親世代の方々は「昭和」の時代の終わりをどのように感じていたのでしょうか。戦前は現人神、戦後は国民の象徴という二つの在り方を体現されていた昭和天皇の崩御にともない、戦争に弄ばれた筆舌に尽くし難い艱難辛苦の時代の終わりを言葉では言い表せない感情とともに理解されたのではないでしょうか。悲惨な戦争、残酷な戦争、戦争を憎みながら戦後は前を向いて生き抜いた時代。戦争の非情さを体感しているからこそ、理屈ではなく心から、いや脊髄の反応で平和を希求しつづけた時代。戦後がむしゃらに働きつづけ、高度成長の時代の中で得られたささやかな豊さを感じながら終戦後の虚脱感との比較の中で感じた幸せ。そんな中で迎えた新しい「平成」の時代に期待したものはなんだったのでしょうか。そしてその期待は叶えられたのか、はたまた期待外れだったのか。

 安倍総理にの説明によると、「令和」に込められた意味は、
「希望に満ちあふれた、新しい時代を切り開いていく、若い世代が活躍できる時代であってほしい、若者がそれぞれの花を咲かせることのできる日本をつくりたい」という想いが込められているそうです。
「初春の穏やかな日、梅の花にはなやぎを感じる」という和歌の序文のとおり、「希望」を持てる時代になってほしいと思います。そしてなによりも「平和」と「安全」な「安寧」な時代であることを切に願います。