将来のお墓って・・・

2019年5月17日

 先日、国際記念物遺跡会議(イコモス)が「百舌鳥(もず)・古市古墳群」を世界文化遺産への登録勧告を行ったというニュースが流れましたね。当該の古墳群は古墳時代(3世紀~7世紀頃)の天皇をはじめとする偉い方々のお墓ですよね。そもそもお墓の意味(役割?)って何なのでしょうか?

 故人への想いを持って死後でも会いにいける場所を物理的・視覚的に明確にしておくことで残された者の心を落ち着かせ鎮めるための場所だと私は思っています。先祖への尊敬・感謝の念、身近だった故人への語りかけを実際の行動で表現することで自分の気持ちを落ち着かせることができる気がします。
 しかし故人への純粋な思いだけではなく、権力争いの象徴でもあるようです。まさに古墳は当時の権力者(特に天皇)の威光を死後も見せつけることにより、その権力を安定的に引き継ぐための一種の道具でもあったのではないでしょうか。お墓だけではなく葬儀式もそうだと思います。それは過去の権力者だけの事とは限りません。私の知り合いには、分家の父親が将来自分が入るお墓を先に作ったところ、本家から「本家の墓より大きいのはけしからん。」とダメ出しをされ、結局そのお墓を取り壊して別に小さいお墓を立てたという人もいます。このように故人がというよりは、その故人に連なる人々が既得権益を守らんがために故人の威光を利用しようとするものなのでしょう。
 
 しかしこれからのお墓の形式は変わらざるを得ないのかもしれません。世界中を自由に移動できるほどの交通機関が発達し、ITテクノロジーの発達によりどこに住んでも仕事ができるようになり、仕事もグローバルに異動することで住む場所もこくこくと変わる。また人口がどんどん減少していくことでインフラが行き届かなくなり住める場所が狭まっていく可能性もあります。つまりは自給自足の集落はありえなくなり最終定住地が予測つかなくなるような時代になると、現在のような物理的なお墓ではなく、散骨がもっともっと盛んになったり、もしかしたらサイバー空間内にお墓があるほうが便利になるのかもしれません。その時に物理的な遺骨をどうするかという問題は残りますが。
 とりとめもなく将来のお墓がどうなる可能性があるのか考えてみましたが、結局は送る人の心の問題なんだと思います。その人の心の中に故人の思い出が、故人への尊敬・感謝の想いがしっかりと残っていれば、そのイメージがその人のお墓、つまりは心を落ち着かせることになるのではないでしょうか。