「供養」とは・・・

2020年5月11日

 突然ですが、「供養」とはどういうことなのでしょうか?

辞書によると、
1 死者の冥福を祈って法会を営むこと。また、開眼供養・鐘供養・経供養など寺院の仏教行事をもいう。供養会 (くようえ) 。「先祖の供養をする」
2 仏・法・僧の三宝や死者に、供物を供えること。また、その法会 (ほうえ) 。
とあります。

またwikipediaによると、
供養(くよう)とは、サンスクリット語のプージャーまたはpūjanā(プージャナー)の訳で、仏、菩薩、諸天などに香、華、燈明、飲食などの供物を真心から捧げること。

とあります。ここで大事なことは「真心から」と書かれていることです。これは故人に対しての尊敬・敬愛の念から湧き出る気持ちからという意味と私はとらえています。

 では、誰のためにするものなのでしょうか?
いろいろな解説本等から受ける理解では、当然「故人」のために行われる行為なのでしょう。「供養」することで故人が成仏できる(仏式的に言えばですが)、故人の心休まるために、残された生きている人が「故人」のためにすることなのだと理解できます。

 不運にも愛する人や家族を亡くされた方が、毎年毎年お墓に参り、または事故で亡くなられた現場に足を運び花を手向け、好きだった食べ物を供え、語りかける姿をニュースなどで目にすることがあります。残された方は、故人が寂しくないようにとの思いから起こされている行動だと思います。

 しかしながら本当にそうなのでしょうか?
もちろん故人の心を休めてさしあげたいということが前提にあることは確かですが、突き詰めていけば供養する側の人間のため、自分のためなのではないでしょうか。故人を慕う心が強く、自分が寂しさと悲しさと感じ続けるなかで、自分の心を静めるために行動しなくてはいられない、そんな心の葛藤を写した行為なのではないかと思っています。

 使い方は違うかもしれませんが、
「情けは人の為ならず」・・・相手のためを思ってする行動が自分のためになっている。そんな心の流転を写し出しているのだと思います。